読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

藤川崇のブログです。

藤川崇のブログです。

黒石市の写真コンテストについて、12,000点の応募があった某コンテスト運営側の私が思うこと。

 自己保身もいい加減にしたらいい・・・。

誰のための、なんのための、写真コンテストなんだろうか!?

 今、日本には自己保身というウイルスが蔓延していないだろうか。

自己保身と共に、同調圧力という見えない空気も蔓延している。

ことなかれ主義。

我々日本人はいつから、それが当たり前になってしまったのか?

思考停止、していませんか?

もっと論理的に考えることはできないのでしょうか。

SNSを中心にバッシングを受ければ、謝罪する。

謝罪して、ひっくり返す。

二転三転なんて、あたりまえ。

それでいいのかな。

そんな大人を見て育つ子どもたちの未来ってどうなるんだろう?

大人がしっかりしないと、子どもたちの未来はないのではないでしょうか。

悲しいかな、自分軸を持つ大人が少なくっているのでしょうか。

 

僕はかつて、6万人の対象者に対して12,000点の応募があった某コンテストを企画し運営していました。

この応募点数って驚愕の数字なんです。

全体の20%が応募していますから。

もちろん戦略的・計画的に実行しているので、予想できる数字ではありますが。

全体の総数が変わっても応募率はほぼ変わりませんでした。

それは、ある一定の法則を元に実行しているから、この数字を叩き出せています。

そのやり方を明記してもしょうがないので、割愛します。

このコンテストは、ある特定テーマの絵画コンテンストだったのですが、毎年面白い傾向が見られました。

それは、その学校の、更に言えばクラス単位で、絵を描く傾向が同じだということです。

もちろん、バラバラな書き方の学校・クラスもあります。

しかし、同じ傾向、同じパターンの描き方をする学校やクラスがあるんです。

まるで、「この音楽はあのアーティストじゃないかな?やっぱり!」と曲を聞くと分かるような感じです。

何がいいたいのかというと、教える先生によって、教えられる子どもの絵の描き方が変わるということです。

良き先生に当たれば、才能を開花出来る子もいれば、運悪く下手な先生に当たると、才能を開花出来ない子もいるということ。

ただし、どんな描き方が正解だということは無いと思います。

むしろ、ガチガチに教えるよりも、子どもの特質を活かして伸び伸びと描かせてくれるファシリテート的な指導が出来る先生がもっとも優秀でしょう。

だから、全体的に同じ描き方をしている学校やクラスは、僕としてはイマイチかと思います。

むしろ、突出した描き方が出来ている子どもが何人もいる学校やクラスは、先生が優秀であるといえるでしょう。

 

で、冒頭の話に戻り、僕が何を言いたいのかというと、今の時代は、男性性社会が終焉し、女性性社会の始まりであるということです。

男性性・女性性は、男性にも両方あるし、女性にも両方あります。

で、今の時代は、女性性が強くなる社会だということです。

だから、昨今の様々な問題は、男性性社会の終焉に近づいている、もしくは、もうすでに終わったことに起因しています。

わかりづらいと思いますので、女性性、男性性については、こちらのページを参考にしてください。

 

男性性社会の終焉、ということで、EXILE・ATUSHIが歌う「酒と泪と男と女」をお聞きください。

 

関連記事