藤川崇のブログです。

藤川崇のブログです。

注意やご指摘は、最大の学びである。

本日、高校時代の同級会を開催し、僕は幹事を努めさせていただきます。

当時、散々苦労をおかけした恩師の先生も来てくださいます。

ということで、今回の記事は高校時代のある出来事を振り返って、自分自身が反省し気づいたことについて書かせていただきます。

その出来事は具体的には記載しません。

僕と同じ時期に角館高校に通っていた皆さんであれば、「あー、あれね!あれしかないね!」と気づいてくださることかと思います(^o^)

同級生の皆様方、何卒くれぐれも、心の中にしまっておいてください。 m(_ _)m

「気づいたよ!」って同級生は、僕へのサインとしてFacebookのイイねの「すごいね!」を押してもらえませんでしょうか(^_^;)

それでは、本日の記事です。。。

 

地球、国家、コミュニティ、企業、地域、家族など人は常に様々な集団に属します。

 これは、生きている以上、避けられません。

Facebookで僕が立ち上げたグループページは10以上ありますし、また皆さんから招待されたグループページは20以上あります。

僕がグループページを立ち上げるとき、立ち上げたいと思うときの心情は、同じ思いを共有する人たちと更に学びを深めたいと思うからです。

 

個人より集団になれば、楽しいですし、自分が知らない部分を誰かが補ってくれて更なる智慧を得ることができます。

これはとても良いことです。

 

個人でも集団でも光と闇があります。

僕自身、光と闇を持ち合わせた個であります。

集団も光と闇を持ち合わせています。

そして、それが分かりやすく投射されます。

集団に属していないオーディエンスから見れば、良い部分は強く見えますし、悪い部分も強く見えます。

その集団に属していない人たちから見れば、とても鮮明に見えます。

 

しかし、集団に属していて、集団のど真ん中にいればいるほど、観客にどのように見えているか、それ自体が見えません。

不思議なほどに見えません。

ただ、パワーだけは強く感じることが出来ます、集団の真ん中にいればいるほど。

パワーが強いから、イケイケゴーゴーになっちゃいます。


DJ OZMA - アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士

 

僕もそういう時期がありました。

典型的なそういうタイプの人間だった時期があります。

それが悪いかと言われれば、自分の世界観では悪くはない、むしろ良い!

 

しかし今、公(おおやけ)と照らし合わせた場合、恥ずべき行為であると認識出来ます。

ただし、そのように気づくことができるのは時が経過してからです。

その集団の真ん中にいればいるほど、気づけません。 

これは、仕方ないのではないでしょうか。

いくら言ってもわからない人は分からない。

気づかない人は気づかない。

目覚めない人は目覚めない。

その時が来なければ、人は気づきません。

 

だからといって、放置するのは、これまた人としてどうかと思います。

言うべきことは言うべき。

現代は、本音の時代。

もしくは、本当の時代。

FacebookTwitterに代表されるSNSによって、良いことも、悪いことも、極めて速く、かつ色濃く世間に伝播し反映されます。

 

ある意味、互いが正義と正義の戦いなのですが、「戦っている」という意識がある人たちは常に戦っています。

戦いが好きではないのに、戦いを選ばざるを得ない人もいるかと思います。

しかし、戦っている現状があるのならば、それは自身が選択したことであり、今は戦いから学びを得なければいけないステージなのかもしれません。

 

資本主義社会で生きる以上、戦いはあります。

しかし、意識は変えることが出来ます。

没頭していると、意識を変えることに着手できませんが、普段から意識そのものを意識していれば、パリピの真ん中にいても意識を変えることが出来ます。

しかし、それは普段から意識していないと出来ません。

集団のパワーにやられます。

飲み込まれます。

 

ノリノリのグループのど真中の人は、多分こう思うのではないでしょうか。

「ん?なんか違和感感じるな。なんだろ?でも、楽しいし、俺ら勢いあるから、ま、いっかー。気分上々、ノリノリでいっちゃうよ!」


mihimaru GT - 気分上々↑↑

 

昔の僕が正にそうでした。 (^_^;) 

のせられるとのりまくるタイプ。(このへんは今でも変わりませんが・・・)

良い悪いではないのですが、思いっきり先頭に立ってみんなを引っ張って行っちゃうタイプです。

俺について来いよ、俺につい来れば間違いないぜ!ってタイプ。


B'z / 愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない

 

これ結構危険です。

我が身を振り返ることが出来ないからです。

何かコトをしでかさないことには、ストップ出来ません。

悪く言えば暴走機関車です。

強大なパワーが増大して、ドンドン前に進みます。

栄光に向かって走るあの列車に乗っていこう♪


トレイントレイン

 

注意された側も、注意する側も、等しく我が身を振り返ることが大切です。

注意された側は、謙虚に受けとめる姿勢が大切ですし、注意する側は、なるべく丁寧に指摘してあげることが大切です。

 

本日の記事は、僕個人に対して、最近ある方から丁寧な注意と指摘をしていただいたことを元にし、考えたこと、気づいたことを中心に書かせていただいております。

 

注意していただけるということは、かなり有り難いことです。

一般的には、面倒くさいことに関わりたくないから、言わない人がほとんどですから。

言ってくださるということは、改善の余地があります。

www.continue-is-power.com

 

相手に指摘や注意するということは、それなりにエネルギーを使います。

僕は相手に対し注意や指摘をしますが、無駄なエネルギーを使いたくないので基本的に怒りません。

だから、注意してくれている人は自らのエネルギーを使ってでも公を良くしたいと思うからわざわざ僕のためにエネルギーを使ってくれています。

有り難いことです。

 

ただし、注意がクレームになってはいけません。

僕が言いたいのは、注意や指摘を最大限の学びとして捉えよう、ということ。

それは、地球で生きている私たちの特権ではないでしょうか。 (^o^)

 

お互いを戒めることが出来るコミュニティは素敵です。

カッコいいです。

It's Cool!!

 

それは、個人、家族、会社、地域、国家、地球にとって最も賢い学びの場になることだと僕は思います。

 

あくまでも、僕の個人的な意見ですので、参考にしていただければ幸いです。

 

良薬は苦し。

毒を喰らえっ!

久しぶりに名著耆に学ぶ」を見つけました。

見た目は難解そうですが、実に読みやすい。

皆様、是非お読みください。

この夏、藤川ブログの推薦本に指定いたします。

耆に学ぶ

耆に学ぶ