藤川崇のブログです。

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最後まで議論しない、付き合わない。

秋田魁新報・朝刊・2016.7.12掲載より

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当社の社長である父から私宛てに上記のファクスが届きました。

(父からは、メールではなく、ファクスしか届きません。)

 

徳川家康は「怒りを敵と思え」と遺訓を残したようです。

「怒り」は敵軍が送りつけた敵、兵士、ミサイル、そのものであると思え!と言っているようです。

www016.upp.so-net.ne.jp

仮想の敵でしょう。

しかし、「怒り」は確実に自分にとっては敵です。

リアルな外側の攻防戦ではなく、自らの内側の戦いです。

内側の調和がとれていなければ、外側も調和を保てません。

内側が戦争状態にあれば、外側も戦争状態ということです。

 

 

平和を願うのであれば、自らの内側を平和にすること以外ありません。

人は外部刺激によって、泣いたり、笑ったり、怒ったりします。

外部刺激がなければ、感情の変化はほぼ訪れません。

しかし、日常においてなかなか外部刺激をさけることは出来ません。

そう考えると、引きこもりをする人の心のなかには、もうこれ以上外部刺激を受けたくない、ということがあるのではないでしょうか。

ちなみに、僕は孤独が好きです。

たぶん、外部刺激を受けないからかもしれません。

 

人生の大半は仕事で埋め尽くされます。

仕事をしていれば、社内のスタッフや社外のお客様、外注先様、様々な人たちとコミュニケーションをとりながら毎日を過ごさざるを得ません。

そういったなかで、時に、衝突することもあるでしょう。

そのときに、どう捉えるか?

どのように対応するか?

自分の感情に気づくことができるか?

気づいた感情に対して、うまく適切な処理ができるか?

売り言葉に買い言葉になっていないか?

相手が暴言を吐いてきたから、自分も暴言を吐いていいと勘違いしていないか?

 

news.livedoor.com

小池百合子さんの対応は素晴らしかった。

先の都知事選で、石原慎太郎元都知事による「厚化粧の女」発言。

これに対しての小池百合子東京都知事の切り返し、この対応が素晴らしかった。

敵の攻撃をするりとしなやかに交わした。

交わすばかりか、この対応が女性に限らず、世論を味方につけた。

結果、選挙戦前半は鳥越俊太郎さん、増田寛也さんに続き3位というポジションから一気に残り3ハロン駆け抜けて、大差で圧勝。

きっと自らの心のなかには「怒り」もあったことでしょう。

しかし、その敵が送った「怒り」を敵とみなし、戦いを挑まなかった。

むしろ、受け入れた。

受け入れて大人対応を世間に見せた。

メディアの使い方が上手い。

メディアの使い方を最大限に活用している。

SNSによる勝利だと騒がれていますが、最後のダメ押しは石原さんによる敵失。

かつ、小池さんの切り返しの大人対応。

もし、売り言葉に買い言葉で対応していたら、世間は「ああ、また小学生レベルの戦いか。相変わらず政治家は馬鹿だな」と思われていたことでしょう。

小池さんの対応はまったくもって人間が出来ていない僕自身にとって非常に勉強になりました。

 

bottlevoice.com

未だ、世の中は「エネルギーの奪い合い」が続いています。

テロ、戦争、弱い者いじめ、パワハラなど。

どれもこれもエネルギーの奪い合いがもたらすものです。

自らのエネルギーを求めるために、他人のエネルギーを奪いにかかっています。

他人に与えず、自らが欲しているだけ。

「ギブ」せず「テイク」のみ。

女性性の時代は、「ギブギブギブ」が基本です。

「ギブギブギブ」できた人が、周囲から支援、応援をもらえます。

他人にエネルギーを与える人が、自らのエネルギーを高めることができます。

テロや戦争はなくならないかもしれませんが、自分が今出来ることを一歩ずつやっていくことが何よりも大切です。

自分の心を平和にしていくこと、そのためには「フロー」な生き方が最も適していると僕は10年以上前から思っています。

 

禅脳思考

禅脳思考

 

 一昨日、定期的な父との口論によるバトルがあり、すっかり我を忘れて、暴言を吐いていた自分を戒めるために本日のブログ記事を捧ぐ。

いつかまた「怒り」という敵にやられて暴言を喚き散らすかもしれない、未来の自分にこのブログ記事を捧ぐ。

 

最後まで議論しない、付き合わない。

そういう戦法も大切です。

 

森山直太朗「太陽」の歌詞の一節。

めくるめく些細な悩みは

とりあえず今は置いておいて

そのうち忘れればいい


森山直太朗 - 太陽