藤川崇のブログです。

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僕の原点、東京時代のはなし。社会人1年目。

僕は東京コミュニケーションアート専門学校を卒業して、東京の広告代理店に就職しました。

10人くらいの会社でした。
当時の社長は30歳ぐらいで、経理の人が1名、あとは全員営業マン。
 

「いいねー、麻雀やろう、徹マン!」

社長と面接した時、褒められたのは2点。
履歴書の趣味の欄に「麻雀」と書いていたこと。
事実、入社後の週末は社長宅で朝まで麻雀やって、寝ないで始発で帰るパターンがたびたびありました。
もうひとつ、褒められたのは目。
目がギラギラしていてイイねぇー。
この2点で採用が決まったようです。
特に麻雀が良かったのでしょう。
今、採用側の立場になって思うのは、趣味に麻雀って書いていたから他の会社は落ちたのではないか、ということです(^_^;)
この会社に採用いただくまでに数社面接や試験を受けています。
筆記試験があるところは、ほぼ最初から諦めてました。
マークシートがあるところは、鉛筆コロコロ運任せ。
勉強は全然していなかったので筆記試験があるとアウトでしたが、コミュニケーション能力には昔から自信がありましたので、面接のみのこの会社に入社できて良かったです。
 

「好きなところに電話して、アポをとって、なんでもいいから仕事を受注してください」

まず、入社してすぐに電話帳タウンページを1冊渡されました。
はて?
どうやら、タウンページで好きなところに電話をして、アポイントをとって営業に出かける、ということでした。
朝9時30分になると、先輩方は片っ端から電話をかけまくります。
僕も負けじと売り込みの電話をかけまくります。
アポをとらないと会社から出れませんので、必死でアポをとりました。
「相手先に対して、飛び込み営業は失礼だ」という社長の考え方があったからです。
とにかくなんでもいいから相手が興味を惹くようなものを電話口でしゃべりまくりました。
「広告代理店の●●●●の藤川と申します。御社の宣伝もしくは、広報担当の方はいらっしゃいますでしょうか?」
これで切られる場合もあります。
運良く担当者につながったら、「宣伝や広告のことで現在お困りのことはないでしょうか?」と聞きます。
「無いよ」ガチャ!
みたいな感じの繰り返し。
このように大概断られるのですが、100件電話すれば、2,3件はアポとれました。
 

「当社は初回取引、前金制となっております」

アポとって、お客様にお会いして提案して、受注が決まったら、上記のセリフです。
お客様から「は?」と言われることがしばしば(^_^;)
その場合は、「では、半金前金で、納品時に残金を頂戴します」
それでも、「は?」と言われたら、「社に戻って経理と相談させてください」と言って帰ります。
経理の方と相談して、金額と相手の会社の経営状況を加味しながら、末締めの末払いなどのサイトを決定します。
場合によっては、帝国データバンク東京商工リサーチに確認。
ま、当たり前といえば当たり前でしょうか。
仕事やってもお金もらえなかったら、やらない方がマシですからね。
寝てたほうがよっぽどいい。
 

「フジ、仕入れと売上が逆転してるよ。」

※当時、僕のあだ名はフジでした。
さて、上記のような苦労をして某大手建設会社からノベルティを受注しました。
仕入れと売上を理解していなかった僕は、お客様へ提出した見積書の数字が逆転しており、危なく赤字で仕事を請けるところでした。
困ったことに、僕は仕入れと売上の意味を理解していませんでした。
言い訳になりますが、学生時代にBARでバーテンダーのアルバイトをしていましたが、お金の計算はしたことがありませんでした。
つまり、この会社に入社して初めて仕入れと売上の存在を知りました!
当時の先輩からは色々と教えてもらいました。
 「原価に対して2割の利益を出すためには、原価 ×1.2じゃないぞ。原価 ÷ 0.8 で売上の2割が利益になるんだぞ。」
原価100円の商品に対して20%の利益に得るためには120円で売ってはだめだということです。
原価100円に対しては125円で売らないと2割の利益はでません。
100円を120円で売ってしまうと、利益率は16.6%になってしまいます。
 これってすごく重要で、社会人でも経営者でも未だ間違っている人結構います。
電卓はじいてみれば分かることなのですが、わかってない人結構います。
 

「フジ、広告代理店の営業マンはハッタリが大事だぜ」

当時の僕は、とっても弱気でした。
だって、なんの仕事ができるのかわかりませんでしたから。
だから、先輩にいつも言われていました。
「フジは無理してでも自信満々で営業しろよ、そうしないと仕事とれないよ。お客さんを不安にさせちゃダメだよ」
お客様と会えることがラッキーそのものなんだから、お客様から「これ出来る?」って聞かれたら「全然出来ますよ!余裕っすよ」と言うのが広告代理店の営業マンということです。
「出来ます!」から仕事が始まると教えてもらいました。
出来ないことも出来ます、ということです。
社に戻ってから先輩に相談して、自分でも色々探してみて、それでも出来ないようだったら社長に相談して、そうすれば大概出来ます。
出来ないことはほぼありません。
それでも、本当に無理そうであれば、最後に断る、それが広告代理店の営業マンだということを教えてもらいました。
 
 一般的に広告代理店はオール外注スタイルです。
現在働いている

秋田県 秋田市 大仙市の広告代理店 株式会社販促

はデザイナー、カメラマン、イラストレーター、などが所属していますので、少し違いますが。
はじめに入った会社はオール外注。
まあ、当たり前です。
広告代理店とはそういうもの。
たとえば、営業が会社案内パンフレットの仕事を受注したらを、デザインをデザイン会社に依頼。
デザイン会社のデザイナーから入稿データ(MO)を受け取り、製版会社へ。
製版会社から上がってきたフィルムを印刷会社へ。
全て別会社なので、営業マンがそれぞれの受け渡し口になります。
だから、東京時代はめちゃくちゃ忙しかったです。
それでも、よく飲みに行きましたね。
終電は当たり前。
サウナに泊まることもある。
当時の社長には内緒ですが、会社に寝たこともあります。
若いから体力が有り余ってましたね。
オールナイト全然余裕でした。
今は無理です(@_@;)
東京時代、働いていたこの会社はかなり面白かったです。
ハッキリ言ってブログのネタの宝庫です。
働いている人たちも面白いのですが、毎日がフルスピードで駆け巡ってます。
今の時代だと「ブラック企業」と一括りに呼ばれるのかもしれません(^_^;)
でも、いじめとかパワハラは一切なかったので「ブラック」には入らないと思います。
今考えてみると、あの会社は個人起業家の集まりだったのではないかと思います。
何から何までほぼ自分管理でしたから。
お世辞抜きにベンチャー精神を持った優秀な先輩たちでした。
とにかく面白い人たちと面白い会社でした。
ダラダラと長くなってしまいましたので、一旦終了。
そのうち、またこの続きを書きますね!
 

 

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