藤川崇のブログです。

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目まぐるしい天気のような日もある。

朝からめまぐるしい日もあります。

1日経てば輪郭しか覚えてませんが。
 
あれ?今日の流れは変だぞって気付きます。
 
提案していた案件がボツになったり、進行中の案件が方向転換になったり、あれあれっていうことがある。
 
こういうときこそ、心をニュートラルにしようと思います。
 
外側の大きな流れは自分で変えることはできません。
 
変えることができるのは自分の心(感情)だけ。
 
昨日の話の続きになりますが、人の心って簡単にノンフローに傾きます。
 
そうすると、次の行動のパフォーマンスが落ちます。
 
人は過去か未来しか思考しやすい生き物。
 
本来、今に集中すべきなんです。
 
過去分析は必要でも、過ぎてしまった過去に心を引っ張られながら、目の前の事をこなしていってるとミスが起きやすい。
 
同様に未来に対する不安にも言えます。
 
起きるかもしれない、かなりの確率で起きるかもしれない事を考える事は予測してみることは大切です。
 
でも、囚われてはいけない。
 
なるべく良い思考判断をするためにも、ニュートラルな状態を保ち、物事を並列的に思考できているのが僕の理想です。
 
思考というか、物事を置いている状態です。
 
その方が外界からなんらかの刺激(情報)を受けたときに、いろんな物事が関連付けられたて、アイデアや解決方法が見えてきます。
 
僕の持論ですが、流れは逆らうのではなく、乗ってみる。
 
乗ってみるというより浴びてみるという感覚かもしれません。
 
そして、その時の感情を意識してみる。
 
自分の感情を客観的に見てみる。
 
感情むき出しの時は、それになかなか気づけないかもしれません。
 
でも、時折気づいたら意識してみることがよりフローな人生に近づくと思います。
それこそ、正にクオリティ・オブ・ライフ(ちょっと古い言い方ですが)だと思います。
 
以下は、本日の辻秀一先生のメルマガより抜粋。
おはようございます。
スポーツドクターの辻秀一です。



日本が世界に誇る文化の 1 つにアニメーションがあります。

アニメをご存知ない方はいないでしょうし、見たことがない方もいないでしょう。

アニメーションは絵が動いて見えるわけですが、なぜ動いて見えるかというと、人間の目の錯覚があるわけです。

絵が動いているように見えても、そのアニメーションを構成する絵の 1 枚 1 枚は静止画であり、少しずつ動きに変化をつけた絵を連続して見せることで、まるで動いているように見えるわけです。



私たちの毎日も、連続しているかのように感じます。

過去と現在と未来は、つながっているように感じています。

ボールを上に投げたらある地点まで上がり、そのまま下に落ちてくるというごく自然な連続した動きを誰もが受け入れています。

投げたボールがその瞬間に消えて突然ポケットの中に現れたら、手品かなにかと思うしかないでしょう。



このように、私たちは時間が連続したものだと思っていますが、実はアニメーションのようにこの時間の流れをつくっているのは、一瞬一瞬の今だということに気づくでしょう。

アニメーションをつくる 1 枚 1 枚の静止画のように、一瞬一瞬の今が私たちの人生をつくっています。

それは 1 秒とか 0.1 秒とか 0.01 秒などの人間が意味づけしている時間の単位ではなく、“今ここ” という、本来言葉で表すのは不可能なのですが、そのような今です。



過去も現在も未来などなく、すべては今しかありません。

過去に想いを馳せている “今” や、未来を想像している “今” しかないのです。

そして、その今が連続しているかのように錯覚しているにすぎません。



アニメーションの質を決めるものの 1 つは、連続した動きを表現する 1 枚 1 枚の静止画です。

ボールを上に投げて下に落ちるというアニメーションを、「投げる地点」「ボールが上がりきった地点」「ボールが落ちた地点」の 3 枚の静止画で表現するより、「少し上がった地点」や「上りきる手前の地点」など、細かく 100 枚 200 枚の静止画で表現する方が、なめらかな動きの質の高いアニメーションができます。

私たちの人生も、常に気持ちをフローな方向へと切り替え、一瞬一瞬の今に向き合う意識を増やしていくことが、質を高めていくことにつながるのではないでしょうか。

朝と昼と夜と、たった 3 回今に生きると考えるのではなく、1 時間ごと、1 分ごと、1 秒ごと、そして無意識に常に考えていられるようになった方がいいのです。
 

 

フロー・カンパニー“飛躍し続ける個人と組織に生まれ変わる法則”

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